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後悔しないために父の日はちゃんとしよう

僕の父は、僕が生まれる前から単身赴任をしていました。
毎週金曜日の夜に帰ってきて土日を家族で過ごすというのが、ぼくが小学校五年生になるまで続いていました。
なにぶん生まれたときからそう言う環境だったので、当たり前で日曜日の夜に父が帰る日でも淋しいとか泣いたりとかって言うのはなく、母に抱かれて見送っていました。
とは言え帰ってきた日はべったりで、家に着く少し前の時間からテンションが上がってソワソワしていたと母が言ってました。
金曜日の夜21時位に決まって帰ってくるのですが、今から考えると少し不思議な事がありました。
父が家に着きカバンを置くと僕を呼んでタバコを買いにいくよと言って連れて行くんですが、そのタバコ屋は家から車で2分の場所なんです。
通り道なので買って帰ってくればいいのですが必ず一旦帰ってきて、もう一度出て行くんです。
大人になってから母に聞くと、母は懐かしそうに父さんは一週間あんたに会ってないからとにかく車に乗せて少しでも出掛けたって言うのをやりたかったそうです。
そしてご飯を食べるときには僕がビールを注ぐといってビール瓶を離さず持っていたそうです。
これも今から考えると、仕事は17時位に終わってるはずなのに何も食べず片道3時間を走って家に着いてから食べるために帰ってきてたんだなと、大人になってからふと思ったことがあります。
小学校に上がってからは、お小遣いを貯めて父の日のプレゼントを初めて渡した時は、後々母に聞いたんですが僕が寝てから、母とお酒を飲んで酔っ払いながら何度も嬉しいと泣きながら言っていたそうです。
僕が小学校五年生の途中位で、父の単身赴任が終わりようやく家族で毎日を過ごせるようになりました。
その頃僕は野球をやっていたので、昔してもらえなかった送り迎えやランニングなどもよくしてくれて、あまり過ごせなかった時間を取り戻すかのように父と過ごしました。
しかし、中学校、高校と時間が進むにつれ僕はバンドをやり始めて、髪を染め、高校も退学になり、毎晩友達と遊びに行って、両親ともあまり話をしなくなりました。
しかし父に何か言われた事は無かったです。
その内僕もちゃんと働き出して家にもお金を入れて、あまり文句を言われるような生活はしてなかったんですが、両親とは話をしないままで日々は過ぎていきました。
何か気恥ずかしいと言うか、何と言うかよく分からない感情で大人になるとこんなもんであろうと気に留めず過ごしていました。
結構な年数が経ってもそれは変化せず、用件だけは話して会話は無いままでした。
そんな頃父が仕事場で倒れたと連絡があり、母と病院へ駆けつけると既に死んでいました。
あまりにも急で泣くことも出来ず、その日からの色々な手続きを気力を失った母の代わりに僕がやり葬式も無事済み、お墓やお金のことも一段落して父の遺品を整理していると、何と昔父の日にあげた僕がお小遣いを貯めて買った母に父の名前を刺繍してもらった五本指ソックスとそのとき書いた手紙が出てきました。
それを見た瞬間、葬式のときも泣かなかったのに涙があふれ、同時に後悔の念もあふれてきました。
何十年と経っているのに大事にしていてくれてたんだと思い、もっといろんな事を話すればよかったと空を見上げて父に謝りました。

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